『随分あんたを縛ってきたんだね』と母は言った!!

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8ヶ月ぶりに埼玉県に帰省して感じたことをつらつらとまとめてみました。

普通の家庭じゃ何てことないと思うが、ぼくは久しく自己主張してこなかったのね。

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8ヶ月ぶりに実家に帰省しました。

昨年2016年の4月に、ほぼ見切り発車のように仕事を退職して、移住先を高知県に決め、自宅を飛び出した。

もう当分実家に戻ることはないだろう。

と、発射した直後は思ってましたが、かなりお早いリターンです。

人生はかくも思い通りには行かないものだと思いました。

ネットを使うことが皆無な両親で良かったこと・悪かったこと

そんなわけで高知県を後にして、約8ヶ月ぶりに実家に帰省している。

両親は、未だに心配症の塊であり、1ヶ月に1回は電話をしろとのことで、連絡や近況報告はしていました。

毎月のように近況報告しているのだから、語ることなんでないだろうと正直思っていたけど、家に帰ったら帰ったで伝えることがたくさんありました。

何故かというと、双方ともインターネットを使わない人たちなので、高知でどんなことをしてきたかを今一度話さなければならない。

ちなみに連絡手段は携帯電話での電話、メールそして移住直後に託したiPadによるFaceTimeによるビデオ電話の3種類でこのブログも読んだことはない。

そんな状況だから、こうしてブログで好きに書くことができるのですけどね(汗)

要は良いことも悪いとこもあって半々なのです。

ザックリ話した内容は
  • 高知県での一人暮らしの状況
  • はじめての海外旅行。

▲などなど、口で説明しても良かったど、せっかくなのでiPhoneで撮りためた「Googleフォト」をハイライトで見せながら話しました。

両親は、ぼくの撮った写真を見ながら喜んだり、声をあげたり、外国の食事は食えそうにない等とぼやいていた。

あれ!?こんなに両親と話したことってあったっけ!?

そんな近況の話をしながら、ふと思ったことがある。

大人になってから、こんなに長いこと両親と話をしたことがあっただろうか!?

説教や愚痴などをぼくが、一方的に頷きながら聞き流してていることはあっても、自分の話をこんなにも話したことはほとんどない。

だから話すだけ、話してみた。自分が自分なりに8ヶ月やってきたことを。

そんなとりとめもない話を、親身に聞いてくれる父母が嬉しかった。

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母のたった一言で、親子感の距離が縮んだよ。

そしてふと、母がポツリとこんなことを言った。

「随分、あんたを縛ってきたんだね」

▲蛇足だが、敢えて言わせてもらうと精神的にという意味です。

「やっとわかってくれたか(汗)。」と直後はこのように思っても、時間が立つに連れてじわってきて、何とも言えない複雑な気持ちになったよ。

かえしてくれよ!この涙(´Д⊂グスン)

なんか、その一言で、今まで無意識でずっと悔しくて恨んでいたことが払拭されたような気がしたんです。

絵日記とか、絵日記とか、後絵日記もあるな(笑)

参考:辛かったね、これでもう終わりだ!絵日記地獄を受け入れ手放して未来へ突き進んでいく!

いままで、自己探求をしていると出てきて、生きてくためには仕方ないことだった思い込み、固定観念その発生源とも言える母親からのこの一言は浄化にもにた心境となりました。

参考:今までありがとう!そしてさよならだ!29年間抱えてきた呪いじみた観念に別れを告げてきた!

そして、血の繋がった親子なのにどこか、よそよそしかった距離感が縮まるったように思えました。

嗚呼、ここでも自分が勝手に思い込んでたんだなとわかったよ。

そして、距離が縮まったのも、互いに肚を据えて決める事ができた賜物。

☞まとめ

身も蓋もない、与太話だが筆者にとっては結構重要な出来事だったので記してみました。

ホント気付いて、良かったねで終わってしまうことが多いので、この気付きがこの後どうなっていくかを詮索していきたいと思います。

自分の内面の探求は、これからも続けていきたいと思います。

最後はONE OK ROCKの「Nobody’s Home」から

いつか必ず越えて必ずぼくが見せたい景色を見せるから!

まだこれから何をするかは、はっきり言えてないけど、両親には、見せてやりたい。

以上、「『随分あんたを縛ってきたんだね』と母は言った!!」と題して記事をお送りしました。

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