23年前に書いた最古のライフログ絵日記と現在のブログは似てて全く違うものだ!

こどもの日ということもあり、少しノスタルジアドライブ(時を超えた郷愁への旅路)に浸りたかったので、現存する最古のライフログでもある絵日記を引っ張り出してきてパラパラめくっていました。また、思う事をまとめした。

人生最古のブログ(ライフログ)は絵日記です。

自宅の押入れの片隅に、ぼくの宝物であり、これでもかっ!と苛ませた悪しき産物を引っ張りだしました。

それが保育園児〜小学2年生頃までの日々を綴った絵日記です。

断捨離好きで定評のぼくもこればっかりは捨てられません(汗)

かけがえの無い宝物でもあり禍々しき物

この絵日記は、現存するぼくの最古のライフログです。もちろんぼくの原点ともいうべき財産であり、宝物であり、同時に複雑な想いが詰まっています。

ちなみに、書き始めた日は平成4年の7月15日なので今から約23年前の代物ですw

ジャポニカ学習帳で書いた絵日記は30冊にもなりました。

母親が捨てずに取っておいたということなので、頭が上がらないです。

絵日記を書き続けた理由と絵日記のルール

まず絵日記を書く事になったきっかけは、勉強を教える事に熱心だった母親の強い勧めでした。

最近になって母親から聞いたのですが、「感性が豊かで、文を書くことが好きな子になってほしい」という願いを込めてだったそうです。

しかし、母親の想いとは裏腹に、ぼくは乗り気ではありませんでした。

まあ〜その絵日記のルールがスゴイのですw

①:1日2ページ(右に文章:左に絵)を使って絵日記を書く。

②:①を毎日書く。

③:書いたら母親に添削してもらい、指摘を受けた部分を書き直す。

④:絵日記が終わるまで寝れない。

・・・・こんな感じでした。特に添削が凄くて、誤字脱字や表現の間違いなどのダメ出しを雨あられのように受けました。スパルタでした〜。

小学1〜2年生時の絵日記は辛い、つらい、ツライ

上記のルールがあっても、まだ保育園に通ってた時は楽しく書いてましたが、小学生に上がってからの日記が地獄でした。

絵日記だけではなく、学校の宿題と当時習っていた学習塾の宿題もあったのだから辛い、大事な事なのでもう一度言うがつらい。本当に大切な事だから何度でも言うがツライ(泣)。

ホント毎日、泣きながら文章を書いてました。いつしか文を書く事がメチャ怖くなってました。

小さい時から始まっているテンプレ化

そんなわけで、常にビクビクしながら、絵日記を書いてたので、次第にある事をしちゃうんです。それが、文章のテンプレ化です。

書いた絵日記をパラパラと捲っているのですが、非常に滑稽なのんです。同じ文言ではじまり、同じ文言で綴られているのです。

具体的には、

「今日ぼくは○○くん(さん)と▲▲をしました。」

から文章がはじまり、

「とても楽しい1日でした。」

「とても嬉しい1日でした。」

どのページも上記のいずれかの文で〆ています。

スゴイ、毎日、楽しい日々を過ごしててんですね〜!?」

「そうそう、毎日ワクワクサイコー!!!」ってちゃう、ちゃうう!違うんです。これは無理やり「楽しい1日でした。」と結末を決めて書いてたんです(汗)

予め決まった結末を書く事が日記と言えるのだろうか!?

何でそんなことをしたかと言えば、親に余計な心配を掛けたくない、親の顔色を気にしながら書いてたからです。

「喜怒哀楽」の「喜・楽」は書くけど「怒・哀」はほとんど書いた記憶はありません。

だって書いたら「何で悲しかったか、何で怒ったのか?」を問われてめんどくさくなりそうだったからです。

毎日楽しい日なんてあるのかよ!?

まあ〜そんな感じで書いていると、母親も気づくのです。

「こんな、毎日、毎日楽しい1日だった日が続くわけないでしょう!?」

図星だったぼくは、何も言えませんでした。その後、上記の理由があって同じことを書いていたと弁明してから、喜怒哀楽感情を織り交ぜて変えるようになりました。

しかし、心の何処かで本音を曝け出す事は下手でした。

そんな絵日記も長続きはせず・・・・

そんな絵日記は小学2年生になった際にさらに忙しくなって書けなくなりました。

なぜなら、つまらないし、嫌だったし、自分からやりたいと言った事ではなかった。さらに、時間とメンタルを消耗するの本当に勘弁だった。

この絵日記で、唯一誇れた事は、我慢しながら書き続けた事である。それ以外にはないです。

そして、今ブログを書いている!!

そして、時を経て現在ぼくはブログを書いています。

絵日記が嫌で、文章を書くのも怖かったぼくがこうしてブログを書いているのも妙な話です。

当時書いてた絵日記とブログの違う点をまとめてみました。

好きなように好きなことが書ける。

まず、好きなことが書ける事です。「当たり前じゃん」と言われればそれまでなのですが、ぼくにとっては、凄く救われました。

普段の生活で、自分が書いた文章ってやたらと誰かにチェックされます。

作文や読書感想文、小論文は学校の先生。就活やバイトの志望動機はその会社の人事や重役達。仕事では上司に等など。誰かの許可が降りないとOKがでない。

その半面、ブログは公序良俗に反しなければ、どんな事を書いても、誰からも文句は言われない。

まあ〜誤字脱字もあるし、書き続けているとネガティブコメントや炎上の様な騒ぎになるけど、基本好きな事を書けます。

書いても良い!書かなくても良い!

極論を言ってしまえば、ブログは書いても書かなくても良い訳です。

「ブログを使って収入を得ながら生活をしたい!」ブログしかない人は例外ですが、基本的に好きなことを好きなように書けば良いのです。

毎日、他人が決めたこととか、嫌なことをやり続けるのは酷な事です。

自分が辛くて消耗するくらいなのであれば、それは好きなことでないので、好きなことをやろう。ぼくはブログをそんなスタンスでやっています。

またあの時の絵日記と同じ事をブログで繰り返していないか!!?

そんな訳で、昔書いてた絵日記とブログの違いを書いてきました。同時にハッとさせられる事もありました。

このブログも絵日記と同じようになっていないか!?

確かに、母親の顔を伺いながら絵日記を書いてた様に、このブログも他人の顔色を気にしながら書いていた側面がある。

また、ブログの書き方の型がやたらと決まりすぎてるのも、昔のブログを見ている感じです。これは、アカン!もう二度と同じ事を繰り返したくない。

絵日記とブログは全く違うもの!

だからこそ、もう過去に繰り返した事と同じような事はしたくない。

確かに、絵日記を約3年ぐらい頑張って書いた。それは事実です。

ただ、我慢して続けた絵日記と好きで楽しくて続けてきたブログは、同じように見えて全く違う代物です。

その証拠に、嫌々なんがらも我慢して書き続けた絵日記は3年で終わった。

何か、楽しくて面白くて可能性を秘めたブログはかれこれ8年間の付き合いで今尚続いている。(毎日更新と言うわけではなく、学生の頃からExcite、らはてなブログ、ライブドアと色々使ってきた。)

結局、好きなことしか長く続けられないのだと強引にまとめてみる。だって今もこうして絵日記を偶然見つけてネタにしようと自発的に思えた。

過去に書いた絵日記も今書いているブログも書いている事には変わりない。でも根本が違う。「好きか、嫌いか」シンプルながらもその違いは大きい。

もちろん、過ぎ去った過去を憂いても仕方ないので、何とか書き続けた絵日記の事を現在書いているブログに転化して今日もブログを書いていきます。

☞まとめ

熱心にチェックしてくれた母親も当時は怖かったけど、今では笑い話のようにあの時を振り返っている。

絵日記を取っておいてくれた事実と「これ(絵日記は)は私の宝物だよ」と言ってくれた時、ぼくは号泣してました。

当時はとてもつらかった事でしたが、今こうして振り返る事ができるのも絵日記を残して置いてくれた母親様々ですね。頭があがりません。

しかし、毎日とても楽しい1日でした。は確かにツッコまざるを得ない。「昔のオレよ、そんなに凝り固まらずにもっと感性豊かにかけよ〜」とパラパラめくりながらノスタルジアドライブ(時を超えた郷愁への旅路)に浸るコーヘイでした。

PROFILE筆者紹介

ブロガー、ブログやり方アドバイザー、前職の福祉施設勤務時にブログを開設。面白さに気づいて激務の傍ら執筆に注力する。2016年3月に退職して埼玉→高知県に移住。