意見の否定は人格否定じゃないとやっと気づいた話

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これまで、人に何かを伝えたとき、それを否定されたり却下されたりすると、まるで自分の存在自体まで否定されると思い込んできてきました。

最近、SNSで見つけた知人のブログ記事がとても参考になって身がラクになったので、シェアさせていただきました。

目からウロコが落ちたよ!!

参考:否定されるのが怖いのは、人の話を聞く気がないから

▲知人でコーチングのスペシャリスト大下千恵さんのブログ「ミライ・ヘムカウ」の記事をご紹介、特に文中の太字の箇所が目から千枚ウロコが落ちました。

今まで「意見の否定=人格否定」って思ってました、マジで!!

「その意見を採用しません」という『否定の言葉』が、まるで自分自身の人格を否定しているようだと感じているから。

▲物申したり、意見を言うのがイヤだったのは、「自分の意見が通らない=自分の存在を否定される」と無意識に思ってたから。

理屈じゃ違うって思っていても、潜在意識が「そうである!」とぼくの中で勝手に世界観つくっていました。

コーヘイ
だって、自分に強く言ったじゃん、まくしたてるように言ったじゃん。じゃなきゃそんな風に言わないでしょ!

そんな風に頑なに信じていたんです、きっと。

さらに、人の言うことを鵜呑みにしたりする癖がるので、良くも悪くも冗談が通じないのです。

そして、そのまま真に受けちゃうから質が悪い。

意見を否定する人は、私はその意見には納得できないよと言っているだけ。

▲でも、こんな感じで前提をわかっていれば、そんな風に勝手に疲弊して自滅しないわけです。

なるほど、その発想はなかったので肝に銘じておきます。

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自分も意見をいう習慣を!!

そうして、学んだことを綴りながら思いました。

ぼくの場合、そもそも意見とか物申したりとかする習慣や癖がそんなにないということ。

ピックアップした記事にもあるように、ぼくはコミュニケーションをする機会や場数が圧倒的に足りない。

たまに、口を開いて話するもベターなことばかりで、本音や核心めいたことを特に言うこともない。

なんでかって言えば、怖いと思ってしまうから反論されてしまうと思うから。

そして、自分の言ったことが他人を傷つけてしまうと思うから。

・・・でも、前述のとおり、言っている相手を否定する気は全くないです。

だから、ためらったり迷ったりして迷うのか〜とめ腑に落ちましたよ。

☞まとめ

ぼくが、なんで今まで頑なに文句も言わずに、我慢して耐えてきたのかがわかりました。

それは、人に何かを伝えて否定されると、自分の存在自体まで否定されていると思い込んでいたからにほかなりませんでした。

でも、今回紹介した記事の通りそれは違うことがわかって、とてもすっきりしました。

気づくのが完全に遅すぎという感じは否めませんが、今この時期に気づくことができて良かったかなと思います。

そうわかったら、なんだか色々言ってみたくなりましたね〜。

実生活で試していきたいと思いします。

以上、「意見の否定は人格否定じゃないとやっと気づいた話」と題して記事をお送りしました!!

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