何回目かわからんけどブログ書けない病の根っこにあるものと話をしてきた。




ブログ運営を続けて避けては通れないのがスランプ。

特に「ブログが書けない」というスランプが多かれ少なかれ生じます。

ぼくもよくあって何度めかになるかわかりませんが、ブログが書けない症状の根っこにあるものを探っていきたいと思います。

ブログが書けなくてまた燃え尽きてた。

コーヘイ
アカン、もう無理やわ(:3」∠)

▲5月はかなり無茶ぶりをしてガリガリとブログの連続更新をしていました。

案の定、辛くなってしまい6月の中旬から燃え尽きてました。

ブログが書けない病の根っこにあるもの。

もう、ブログを運営して4年も経過しますが、未だにさいなまれるスランプ、ブログ書けない病。

いい加減この症状も終わりにしたいと思いつつも、出てくるのでこの際、原因(元凶)を列挙してみました。

実は文章を書くのが嫌いな自分。

いきなり物書きとして身も蓋もないのですが、ぼくは書くことが嫌いでした。

参考嘘のようで本当の話なのだがぼくは文章を書くのが嫌いだった。

過去にも執筆してきましたが、いっこうに好きになれない。

ブログ書けない病っていうか、もう根本からダメじゃね!?

と思うかもしれませんが、聞いてください。

確かに書くのは嫌いですが、ぼくはどうしても乗り越えたいのです。

書けなくなる原因は過去のトラウマ。

参考23年前に書いた最古のライフログ絵日記と現在のブログは似てて全く違うものだ!

どうしても乗り越えたいのが、過去のトラウマなのです。

そもそも文章を書くのがなんで嫌いなったか振り返ると、幼稚園の頃に書いた絵日記で地獄のような体験をしているから。

5歳の時から文章のテンプレ使ってました。

詳細は、前述の記事に書きましたが、既に5歳ぐらいの時から定型文やテンプレを活用しています。

カンタンに説明すると「今日ぼくは」から始まり「とても楽しい1日でした。」

と締めている日記を読むたびに、当時から抑圧していたのかなと思っています。

無意識ながらにこの時から既に感情を押し殺す習慣ができていたのかな〜と思います。

まあ〜テンプレすることで自分も書くのがラクだったし、日記をチェックしている母親にもあまり心配をかけたくないという思いがありました。

まあ、そのことがバレてしまいこっぴどく怒られてしまうのですが、誰かのためをもってしたことが結局裏目に出たり、毎日文章を書かなければならないという圧迫感をこの時からもう既に感じていたのは事実です。

この経験から、いつの間にか「文章を書くことは=辛いこと」になってしまいました。

ミステリーサスペンスに例えると、既に真犯人をあばき、事件は解決するかのようにみえて、ずっと終わりのこない時効まで絶えているような感じ。

 

以上のように、自分が一歩を踏み出せないのは、「未完了の感情」がまだ残っているからです。

本当は好きに書いて良いと言ってほしかった。

今の精神年齢で5歳の時に戻れたらきっとこう言うでしょう。

コーヘイ

毎日書かかなくったって良いじゃないか。

・書けない日があっても良いじゃないか。

・同じような内容でも良いじゃないか。

・本当の事を書いたら心配しそうだから毎日楽しいって書いたんだよ。

・だから怒らないでほしい!

・嫌な顔をしないでほしい!

・呆れないでほしい!

・手を出さないでほしい!

・「自由に好きに書いて良いんだよ」と言ってほしかった!

・好きに、自由に、文章を書きたかった!

▲過去に起こったことを変えられませんが、多分こんなことを言ってほしかったのかなと思います。

あの時にどうしても言いたかったことを言えなかったことが、僕の中になる「未完了の感情」なのです。

文章を書くのが本当に嫌いなのか辛いのか!?

では、書くことがキライと言い切れるのか!?

そう問われると言い切ることはできません。

たしかに、書くのはキライだったけど
  • あの記事面白かった。
  • あの記事が参考になった。
  • あの記事に勇気づけられた。

▲以上のように、友人や仲間が言ってくれたこともありました。

そんな時は、ブログを書き続けて良かったと思える瞬間です。

また、これも繰り返しになりますが、4年間ブログを運営し続けたことでブログのノウハウやスキルを多く学ぶことができました。

また、絵日記でも負の部分だと思ったけど
  • イベントの時は何ページも書いてはなまるをつけてくれた。
  • 絵日記を書き続けてたら手作りの賞状をつくってくれた。
  • 今でも絵日記を取っておいてくれている。

▲絵日記も9割は嫌なの思いでしかなかったけど、1割は良いこともあったかなと思えました。

さらに、身も蓋もない事実なのですが25年前の地獄の絵日記の体験を今はしてないし、現在の自分とはなんら関係はない。

自分が、勝手に過去の辛い記憶を持ち出して「書きたくない、やりたくない」と言い訳に使っているようにも思えました。

自分の自信のなさや自己肯定感の低さも拍車にかけて悪循環に陥ってました。

ブログは楽しいことや好きなことを伝える手段。

上記のように腑に落ちるのは今回がはじめてではありません。

実は、もう数回やっているのですが、この過程を何度もくり返しています。

参考①:辛かったね、これでもう終わりだ!絵日記地獄を受け入れ手放して未来へ突き進んでいく!

参考②:放置中のツライ記憶に感謝と別れをしたらブログ記事を書きたくなった!

コーヘイ

なぜ、いつもここまで理解しておきながら、しばらくするとできなくなるのだろう。

▲こんな感じで自問してきました。

まだ、自分では気付いてない他のできごとがあるのかなと思いましたが、今回はここまでにしました。

今回の「ブログ書けない病」に患っ考えてみた結果、ブログにこだわり過ぎてたことが原因かなと思います。

以前は、朝から夜まで考えることはブログ、それ以外は蚊帳の外。

燃え尽きるまでは、そんな風に考えてきました。

考えていることが、どんどん狭まってくるから辛くなるのも事実。

本来自分の好きなものや興味を持ったことをブログにして発信するのが肝であるのに、その自分の好きなものや興味がないがしろにあることに気づきました。

今更ながらブログは、伝えるためのツールであり手段であることに気付いた次第です。

☞まとめ

ながらく燃え尽きてましたが、また書いていきたいと思います(これを書くのも何回目だろう)。

前述の通り書くのが嫌いだけど、100%まじりっけなしではありません。

自己探求と書くことで解消される。

書き続けていくことと、本当の意味での「未完了の感情」を癒やしたときに変化が訪れるのではないかと勝手に期待しています。

悩みながらも、泥臭いながらもブログをはじめとした物書きの日々は続く。

以上、「何回目かわからんけどブログ書けない病の根っこにあるものと話をしてきた。」と題して記事をお送りしました!!