自信は足すよりも自分の内側に「ある」と気づいた方がはやい!

今まで自信は、何かをして足すもんだと思っていました。

何かしたから、何かを成し遂げたから自信がついた。

でも、まだなにも成し遂げてなくても自信はあることが最近わかってきました。

「自信がない」という口ぐせを言うのをやめた理由

ずっと、これまでのぼくの人生で、何回も発した口ぐせの1つが「自信がない」

サラッと言ってましたけど、実はショッキングな事にも気づいてませんでした。

なぜなら、「自信」とは「自己信頼」の略称です。

「自信がない=自己信頼がない=自分を信頼していない」

そう、「自分を信頼していない」は、「自分を否定している」ことになりませんか!?

信頼がないの真意に気づいたとき、ぼくは意地でも使わないぞと決めました。

だって、最も自分を足らしめているのが自分です。

その自分を否定するって悲しいじゃありませんか!?

「どうも」や「すいません」のように「自信がない」を便利言葉にしない。

気楽にホイホイと「自信がない」と言ってしまう背景には、「どうも」、「すいません」、のように「自信がない」も便利言葉になってしまっているような気がしてなりません。

例えば、人に頼まれ事をやってほしいと頼まれました。

自分がやったことがないからかもしれません。

でも、とっさに

コーヘイ
  • うまくいかない、
  • 失敗するかも、
  • 怖くなるかも、
  • 嫌な思いするかも

▲こんな感じにあれこれ、できなくて生じてしまうリスクや迎える結末がイヤだから「自信がない」とポロッと言ってしまうのではないでしょうか!?

それ、自信がないじゃなくて「やったことがないからできません。」と言えば良いじゃないか!?。

かく言うぼくも、たまに言ってしまうけど前述のようにできるだけ控えるようにしています。

自信は足すものじゃなくて、あるもの

これまで、誰かに認められたり、実績をつけてたり、を繰り返しながら自信をつけてきました。

もちろん、これらすべて大切なことですが、自分が常に頑張ってないと身につかないのです。

極論を言ってしまえば、自信の拠りどころを他人に求めているのと変わりありません。

それだけしか、自信のつけた方はないのか!?

いや、それよりも先に、もっと大事なことに気づいて欲しいのです。

それは、そのままの自分でも自信は「ある」こと。

本当は自信は探せば「ある」けど、色々理由や思い込みがあって「ない」ことにしているのが、自信のない人達。

自己申告で、理屈じゃないで、非科学的なことなんだけど、さっさと「ある」ことを決めちゃいましょう。

そうすることで、日常で自信があることの証拠探しが始まります。

ほんの些細なことでも良いのです。

自分が自信があったから◯◯できている。

▲とわかるできごとが身の回りにあるはずです。

なんたって、自分が信頼しているのだからw

☞まとめ

自己信頼という言葉から信頼という言葉の意味も

「信頼」と似ている言葉に「信用」という言葉があります。

信用取引や信用金庫などに使われていますね。

この信用を信頼にに置き換えたら、どうなるでしょう。

「信頼取引、信頼金庫」となんかピンと来ませんね。

「信用」は、自分の貯金残高や支払い能力などを担保にしてはじめて成立します。

つまり、信じるに値する「見返り」や「判断材料」がないとご破産。

それと打って変わり、「信頼」はそうした見返りなどが一切ない状態で相手を信じる行為となります。

「自己信頼」、つまり自分がどんな状況になっても自分を認める姿勢であることに気づきました。

本当に、奥が深い言葉だなとしみじみ思います。

自分を自分たらしめる自信。

これまでけっこうヒドい扱いをしてきましたが、ちゃんと見ていきたいですね。

以上、「自信は足すよりも自分の内側に「ある」と気づいた方がはやい!」と題して記事をお送りしました!!

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