親子やっと対等になった!そして待たせたなコーヘイ、今ここからRESTARTだ!

リバーサイドの桜




高知に来て約1年間経過しましたが、実は内心とても不穏になっていたのが事実です。

それは、親子間のしがらみにありました。

今回、3月下旬に実家に帰省した際に自分の本当にやりたいことを親に打ち明けました。

そのことについてまとめてみました。

怖くないようにダメにならないように考えてきた30年。

このブログで何度も書いてきましたが、「怖くないように、だめにならないように」という自分ルールを課して、日々の生活をしてきました。

目的が、ダメにならないからの脱却なのでいくらそのために取り組んで頑張った所で採集到達地点は「ダメじゃない」なのです。

その原因も、小さい時に「コレだっ!」と作ってきた親に対する思いこみ(観念)だったんだなと思います。

波風立たずに従順に生活したら安心安全なんだろう。

また、親の言いつけを守ろうとしていた。

参考今までありがとう!そしてさよならだ!29年間抱えてきた呪いじみた観念に別れを告げてきた!

▲昨年2016年の4月頃にこんなことを書きました。

そう、これまでのしがらみを観念(思い込み)にさよならを告げる。

その時はまちがいなく、今まで自分を縛って重荷になっていたものをベリッと剥がして身軽になり、別れを言えていたはずでした。

でもそれは不完全で、まだ貼りついてました。

実は、仕事を辞めて移住の話をした時にある2言が強烈に焼きついてました。

コーヘイの父
わかった、とりあえず一年やったら、また戻ってきなさい、その時にまた今後どうするのか、キチンと話してくれ。
コーヘイの母
あんたがどっか遠い場所へ長い旅行に行ってきたと思って送るから、帰っておいでね。

▲「親に対する思い込みも全部振り切ったぜ」と啖呵を切って離れたのですが、やっぱりそのフレーズがうまくいかなかったり、不安になるとフラッシュバッグされていました。

親子である以上、互い大人なので、べつに帰る道理はないのです、普通はね。

でも、そこで真に受けて従っちゃうのが、まだまだ呪縛に囚われているんだなとつくづく思います。

移住と親元を離れるのががゴール、ゴールを達成してしまったのでどうしようもない自己否定に苛まれた。

本音を言うと
    親元を離れたくて仕事を辞めて移住して一人暮らしをすること

▲これが、まだ会社員をしながら何も希望がなく、ただただ毎日を過ごしていたぼくにとってのミッションでありゴールでした。

すぐに帰ることができない、遠く離れた場所に身を置ければ良い。

そんな結論になり、自分なりに綿密に準備、実施しました。

これまでの人生の中で、最も長い時間をかけたプロジェクトとなりました。

ただ、ここでもちょっとオチがあり、移住に成功したと認識したところから、ぼくはだんだん脱力していきました。

むしろ、移住したこの余韻を楽しみたかった願望もあります。

賭け値なしに新天地高知県は、とても魅力的だったので、しばらく身を置きたいと考えていました。

ただ、「その後どうするんだ、結局何をしたいんだ!?」という明確な答えはなにもありませんでした。何も言えなくなっている状態でした。

参考1人で勝手にやりたいこと楽しいことを1週間して嗚咽してからの浄化されたお話

▲この時期に記したように、移住直後の半年間は、好奇心ともの珍しさにワクワクしていたのも、その年の夏が過ぎたてから雲行きが怪しくなっていました。

またどうしようもない、焦燥感と不安に苛まれる。

以上のようなことから、昨年はずっとその事を考えてきました。

そんなわけだから、活動していても思うように動けませんでした。

ちょっとしたことで、すぐ不穏になり、できていることよりもできないことのほうばっかり見えちゃってどないせいちゅうねん状態でした。

そんなこんなで、どうしようとなにも身動きが取れずに約束の一年が近づいていくのでした。

別に、守らなくてもいいのに非常に滑稽なのですが、まあ〜守ってしまうのです。

実家に戻る前にセッションを受けました。

そんなわけで、3月下旬に一度実家に帰っていました。

でも帰る前に、移住前からとても信頼しているカウンセラーさんのセッションを受けました。

独力で、この問題を解決するのとても、困難なのでプロのちからを借りようと思ったからです。

また、ぼく個人の根底にある「親との問題」がしっかり解決してないから力が出せないという理由もなんとな腑に落ちてました。

そんなわけで、ぼく個人の究極的課題「親超え」をテーマでセッションをうけることになりました。

これをやったらお終いだというタブーや自分縛りから開放されたのを噛み締めながら、とてもスッキリしました。

また、「罪悪感は百害あって一利なし」というとても心強い言葉をもらい、感情はフラットになり、今時分のやりたいことは「まだ高知県にいて活動をしたい」という本音が出てきました。

我、実家に帰省して本音を解き放つ!!

セッションを終えて、実家に戻ってそうそうに親から「一年たったけど、これからどうするの!?」という話題になりました。

ぼくの答えは決まっていました。

「まだ高知にいたい」と。

その説明をしている中でも、色々なことを言われましたが、

こんなことを話しました。
  • 執筆の仕事」は定年がなくて極めようと思えばいつまでも続けられる。
  • いくつもの仕事をかけ合わせれば、生活していくことは可能。
  • ずっと、高知にいることはない。高知と関東を行き来することだってできて、いまそんなライフスタイルをしている人が増えている。
  • どうしても、帰ってきてほしいときは、可能な限り帰ってこれる事を念押し

▲そんなことを話しながら、やっと納得してもらえました。

それを聞いた親に落胆や不穏は様子はなかったけど、心配と寂しさを禁じ得ない状態でした。

帰省最終日も最後に「次会えるのはお盆あたりかね〜。」なんてことをつぶやいてました。

どうやら、「絶対戻ってこい!」的な感じはなくなったようです。

というか、逆に高知に遊びに来ても良いだよ〜とフランクに話しながら戻りました。

たかが思い込み、されど思い込み。振り回されながら気付いて少しずつ成長していく。

全部終わった後だから言えますが、親との本音トークもめちゃくちゃ身構えてました。

でも実際は何もなく、ちょっと長めの決意表明と世間話的な感じて拍子抜けしてしました。

ただ、今回やりとりで親に対する考えが劇的に変化しました。

それが、「親とやっと対等になれた」とういこと。

親子間は、上下関係状態だったのがやっと同等になった感じ。

ずっと強くて大きな存在にみえたのが、なんかとても小さく見えたのです。

少し大げさに言えば、全知全能の神さまのように恐れていた両親が実は同じ人間だったみたいなイメージです。

これも本当に、自分が勝手に作り出して「怖い、理解してくれない、聞き入れない、厳しくて厳格な父母」と勝手に作り上げて思い込みにすぎませんでした。

別に軽んじたりディスっているわけでなく、お互い恥ずかしがり屋で、かまってちゃんで、間違いも悩みもする同じ存在だったということがわかり、とてもうれしく思っております。

そして実際、話をしたら聞き入れてくれたのが、本来のぼくの両親でした。

ありがとう、そしてこれからは、お互い楽しくて豊かな人生を送りましょう。

☞まとめ

・・・・・とまあ〜自分の身内と内心の与太話になりましたが、身も心もだいぶ一新されました。

繰り返しになりますが、2017年4月からも高知県を拠点に活動していきます。

不安や焦燥感に苛まれて、何かと相談や心配をしてくださったネット・リアルの皆さまにおかれましては、何かとご心配をおかけしました。

文中のやりとりも含めて、以前よりはかなり自信を取り戻したかなと思っています。

後顧の憂い的なものが1つなくなったので、昨年よりもパワフルにできそうかなと思っております。

これで問題全くナッシングとは言い切れませんが、今後とも応援・見守りしていただけた幸いです。

以上、「親子やっと対等になった!30年待たせたな、コーヘイ今ここからRESTARTだ!」と題して記事をお送りしました!!